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ディープインパクトが安楽死
史上2頭目の無敗の三冠馬となったディープインパクトがけい用先である北海道安平町の社台スタリオンステーションで30日の午前6時40分に亡くなりました。
ディープインパクトは17歳でした。
ディープインパクトは04年12月に阪神競馬場でデビュー。
05年に史上2頭目の無敗の三冠馬となり、06年の凱旋門賞に挑戦するも3着入線から失格。
同年の有馬記念を制して引退。
通算14戦12勝、重賞10勝(G1・7勝)。
総収得賞金14億5455万1000円。
引退後は、種牡馬としても数多くのG1馬を送りだしています。
ディープインパクトは今年の種付けシーズンが始まった直後の2月18日に突然、首と腰の状態が悪化。
そのため、残りシーズンの種付けは行わず、今年は20頭前後の種付けで中断し、来年に備える形で治療を続けていました。
28日に頚部の手術を受け、麻酔から回復後には草を食べましたが、29日に容体が急変し午前中に起立不能の状態になりました。
30日早朝にレントゲン検査を行ったところ、頸椎に骨折が見つかり、回復の見込みが立たないことから、安楽死の処分が取られたということです。
社台スタリオンステーションのHPで公表
ディープインパクトの死について、社台スタリオンステーションのHPに掲載されています。
ディープインパクト号 急逝のお知らせ
弊社にて繋養しておりましたディープインパクト号ですが、
かねてより治療しておりました頸部の手術を7月28日に受けました。
手術は無事に終了して術後の経過も安定しておりましたが、
翌29日の午前中に突然起立不能になったため懸命の治療を試みました。
30日の早朝にレントゲン検査を行ったところ頸椎に骨折が見つかり、
回復の見込みが立たないことから安楽死の処置が取られました。
突然の出来事で誠に痛恨の極みではございますが、謹んでお知らせいたします。
社台スタリオンステーションHPより引用
盟友、武豊も駆けつける
ディープインパクトの死を主戦の武豊氏は、28日に札幌で騎乗後も滞在していた北海道の新千歳空港で飛行機に搭乗する直前に知りました。
予定便を急きょキャンセルし、ディープインパクトの担当装蹄師だった西内荘氏と共に社台スタリオンステーションへむかいました。
武豊氏は「体調が良くないと聞いていたので心配していたのですが、残念です」「私の人生において本当に特別な馬でした。彼には、ただただ感謝しかありません」と語っています。
ディープインパクトは病理解剖のため、既に別の場所に運ばれており対面はかないませんでしたが、主を失った馬房に向かって手を合わせたということです。
武豊氏とディープインパクトの間に何か不思議な力が働いたとしか思えません。
我々に夢を与えてくれたディープインパクトも、安らかに天国に旅立てたことでしょう。