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要点をざっくり
- TBS「消えた天才」というテレビで、過去に日本最速の男・桐生祥秀(きりゅうよしひで)が勝てなかった天才が2人いたと語っています。
- 1人は小学校の時で、2人目はなんと中学校の時です。
- 「9・98」という日本記録を出した天才以上の才能の持ち主の今は。
1人目・・小学校の時に一度も勝てなかった天才
1人目の天才は、小学校の時の運動会で一度も勝てなかった疋田哲也(ひきたてつや)さんです。
小学校の時に、このジャニーズ系のイケメンの疋田さんに運動会で桐生選手は勝てなかったそうです。
当時の映像を見ましたが、圧倒的な早さで疋田さんが桐生選手を追い越していました。
しかし小学校6年生の運動会で桐生選手に負けたショックで、その後疋田さんは中学で陸上部にも入らずぶらぶらして暮らしたとのことです。
その後、高校は1年生で退学して現場作業員とか職を転々としていたとのことですが、17歳の時に桐生選手が日本記録を出したのを見て、一念発起してある業界に入ったそうです。
その業界とはホストです。
185センチの長身とジャニーズ系のイケメンで、大阪のホストクラブで「NO1ホスト」になったのだそうです。
源氏名は「長瀬仁」。
人間は何があるか分かりませんね。
2人目 ・・中学で一度も勝てなかった天才
2人目の天才は中学の200メートルで一度も桐生選手が勝てなかった人物です。
中学3年で「中学日本記録」を出して、現在までその記録は破られていないそうです。
その人物の名前は、日吉克実さんです。
現在は、中央大学の4年生で陸上部に入っています。
しかし、日吉さんは高校から陸上競技で勝てなくなったそうです。
その理由は「アスリートとしての完成の時期が早すぎた」からと周りはいっているそうです。
すでに中学で完成されたために、伸びしろがなかったということでしょうか。
怪我をした訳でもなく、いくら練習しても記録が伸びないのでとても苦しかったと語っていました。
しかし、日吉さんはそれでも腐らずに7年間練習し、インカレのリレーの決勝の時に桐生選手の東洋大学に勝ち、再び桐生選手の上の表彰台に登りました。
やはり、いくら天才といわれても努力をコツコツ続けることが重要なんですね。
その時の映像を見て感動しました。
日吉さんは、あの研ナオコさんの親戚で大学卒業後は研ナオコさんがスポンサーになり陸上の練習を続けるようです。
今の夢は桐生選手と一緒に東京オリンピックに出ることだそうです。
かつての天才は色々な運命をたどっていて、テレビを観ていて考えさせられます。